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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)76号 判決

東京都大田区中馬込一丁目三番六号

原告

株式会社 リコー

右代表者代表取締役

浜田広

右訴訟代理人弁理士

友松英爾

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 深沢亘

右指定代理人

藤田泰

板橋一隆

長澤正夫

加藤公清

主文

1  特許庁が、同庁昭和五八年審判第一五一九〇号事件について、昭和六三年二月二五日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「感熱記録用剥離ラベル」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和五五年三月二六日に実用新案登録出願をしたところ、昭和五八年四月二八日に拒絶査定を受けたので、同年七月一四日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和五八年審判第一五一九〇号事件として審理した上、昭和五九年三月二八日実用新案登録出願公告(昭和五九年第九九〇九号)をしたが、実用新案登録異議の申立があり、さらに審理をした上、昭和六三年二月二五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年三月一九日、原告に送達された。

二  本願考案の要旨

支持体の裏面には感圧接着層を介して剥離紙を貼付し、同支持体の表面には無色又は淡色のロイコ染料と酸性物質とを発色成分として含有する感熱発色層及び水溶性高分子物質と該高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤とからなる障壁層を順次設けたことを特徴とする感熱記録剥離ラベル。

三  本件審決の理由の要点

1  本願の出願及び出願公告の日並びに本願考案の要旨は一、二項のとおりである。

2(一)  これに対して、実用新案登録異議申立人高田殖夫が提出した甲第六号証の一(審判事件甲第一号証、特開昭四八-五一六四四号公報)によれば、そこには、支持体の一面に、トリフエニルメタン系染料のロイコ体と加熱によりそのロイコ体を発色させるフエノール性物質とよりなる発色成分を含有する感熱発色層を設け、その上に保護層として水溶性の造膜性高分子物質の被膜を重ねた熱感応性記録材料が記載され、さらに、その造膜性高分子物質としてポリビニールアルコール(ポリビニルアルコールともよばれる。)、デンプン、ゼラチン、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、カルポキシメチルセルロース等の用いられることが開示されている。

(二)  ここに記載されたトリフエニルメタン系染料のコイコ体、フエノール性物質及び水溶性の造膜性高分子物質がそれぞれ本願考案における無色又は淡色のロイコ染料、酸性物質及び水溶性高分子物質に相当し、その間に具体的開示レベルで差異のないことは、本願明細書中の考案の詳細な説明の欄の記述に照らして明らかであるから、本願考案と甲第六号証の一とは、支持体の一面に、ロイコ染料と酸性物質とを発色成分として含有する感熱発色層を、そして、その上に水溶性高分子物質を含有する被覆層を設けた熱感応性記録材料である点において、一致する。したがつて、感熱発色層の上に水溶性高分子物質含有層を設けた熱感応性記録材料の構成に新規性はないのである。

(なお、前記甲第六号証の一におけるのと同趣旨の記載が本願に対する他の登録異議申立において提出された甲第六号証の二(特開昭四八-三〇四三七号公報)、甲第六号証の三(特公昭五一-五九四七号公報)、甲第六号証の四(特公昭四五-一四〇三九号公報)にもあることから明らかなように、こうした構成の熱感応性記録材料は本出願前周知のものといつて、差し支えがない。)

(三)  両者の間において相違する点は、本願考案では、支持体の他面である裏面に感圧接着層を介して剥離紙を貼付して剥離ラベルとし、かつ、障壁層中に水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を含有させているのに対し、甲第六号証の一には、その旨の記載がない点である。

3(一)  ところで、本願考案については、その明細書中の考案の詳細な説明の欄において、次のとおりの記載がされている。

「しかしながら感熱記録方式を剥離ラベルの記録に適用しようとすると前記利点がある反面大きな欠点を有していた。すなわち感熱記録材料として記録画像が鮮明であり、保存カブリが少ないという点で実用的には無色又は淡色のロイコ染料とこれを熱時発色せしめる酸性物質との発色成分系を用いたものが最も有利であるが、このタイブの感熱記録材料を採用した剥離ラベルは例えば商品ラベルに適用した場合に塩ビフイルム、ポリブロピレンフイルム等でそのラベルの上から包込んだり、あるいはこれらフイルムで包装した商品の上に剥離ラベルを貼着し、この商品を重ね合わせて保管あるいは陳列したとき、わずか半日程度で熱記録した画像が判読できないほど消失してしまうという大きな欠点を有していたからである。

このような有機樹脂フイルムあるいはシートと重ねた場合記録画像が消失してしまうという現象は郵送物の宛名ラベルの場合にも多く発生し、このような理由から剥離紙への記録方式として感熱方式の採用が阻ままれていたものである。

本考案者は上記したような現象につき鋭意、検討し、樹脂フイルムの表面に存在するかあるいはフイルム内部から浸出する可塑剤が原因していることをつきとめた。すなわち、これら有機樹脂をフイルム化するために可塑剤を添加するが、この可塑剤が加熱により一旦形成された発色染料を分解して消色してしまうというものである。そこで本考案者らは樹脂フイルム中に含有される可塑剤を直接感熱層と接触することを阻止する水溶性高分子物質からなる障壁層を感熱発色層上に設けることを提案した。しかしながら例えば商品ラベルへ応用した場合等、その使用条件で結露した水がつき易く、商品を重ねた場合、商品同士がラベルを介して付着してしまい、商品あるいは包装を傷つけるという欠点があつた。

そこで、本考案は支持体の裏面には感圧接着層を介して剥離紙を貼付し、同支持体の表面には無色又は淡色のロイコ染料と酸性物質とを発色成分として含有する感熱発色層及び水溶性高分子物質と該高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤とからなる障壁層を順次設けたことを特徴とする感熱記録用剥離ラベルを提供せんとするものである。」(本願実用新案出願公告公報(甲第五号証)2欄一〇行から3欄一六行まで)

(二)  したがつて、この本願明細書の考案の詳細な説明の欄に記載されたところにしたがうとすれば、本願考案においてまず問題となる点は障壁層についてであつて、

(1) 記録画像の消失する現象に樹脂フイルムの表面に存在する、あるいはフイルム内部から浸出する可塑剤が原因していること、

(2) 感熱発色層に可塑剤が接触するのを遮断阻止するために水溶性高分子物質の障壁層を用いることが有効であること、

(3) 水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁層中に含有させ、水溶性高分子物質の特徴である水に溶解する性質を止めて耐水性障壁層とすること、

以上三点が本出願前知られている、きわめて容易に予測しうる、ないしはきわめて容易に考えられるかどうかということである。

4  そこで、この点について検討する。

(一) 登録異議申立人の提出した甲第七号証(審判事件甲第五号証、「加工技術」昭和五三年一月号第一九巻第一号一七頁から二〇頁まで)によれば、その二〇頁右欄に「3、各種事務用品についての注意」なる項目の下に、「(2)感熱紙がアルコール、エステル、ケトン類の不揮発性有機溶剤を吸収すると、発色能力が低下し又、記録部の退色が起る。軟質塩ピフイルム(可塑剤エステル系)や、セロテープなどの感圧テープ類(可塑剤としてポリエチレングリコール等)は、これらの不揮発性有機溶剤を含むので注意する。」との記載が存するから、樹脂フイルムが可塑剤を含有し、その可塑剤を含有する樹脂フイルムが感熱紙に接触すると、可塑剤である不揮発性アルコール、エステル、ケトン類が熱感応性記録材料の記録画像を退色ないし消色させる原因となることは、本出願前既に知られているということができる。したがつて、前記3(二)(1)の点は本出願前既に解明ずみである。

(二) また、甲第八号証(審判事件甲第四号証、長野浩一・山根三郎・豊島賢太郎共著「ボバール」(高分子刊行会昭和四五年四月一〇日初版発行)一六九頁)には、ボバール、すなわち本願考案に用いる水溶性高分子物質の代表例であるポリビニルアルコール(甲第五号証3欄一八行、6欄三行から九行まで)は、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、エーテル類、エステル類、ケトン類等の多くの有機薬品に対して強い耐性をもつことが記載されており、可塑剤がこれら有機薬品に包含されるものであることはいうまでもないから、前記3(二)(2)の、可塑剤の浸透遮断に水溶性高分子物質であるポリビニルアルコールの被膜を用いれば有効であることは、本出願前既に知られている、あるいはきわめて容易に考えられることといわざるをえない。甲第六号証の一に記載された熱感応性記録材料の感熱発色層上に設けられたポリビニアルコールの被膜(保護層)が可塑剤の浸透を遮断するのに有効なことも、きわめて容易に予測できることである。なお、この遮断効果は、剥離紙と感圧接着層の形成により得られたものではなく、甲第六号証の一の熱感応性記録材料において、その保護層によつて構成の帰結として当然に達成されているはずのことであるから、予測性を云々するまでもなく、格別のものと評価しえないということもできるのである。

(三) つぎに、登録異議申立人の提出した甲第九号証(審判事件甲第二号証、特開昭五四-三五四九号公報)には、「さらに特開昭四八-五一六四四号には、感熱記録層の上に水もしくは非極性溶剤に溶解する造膜性高分子物質の保護層を設け保存性、感圧性、熱ヘツド付着性を改良する方法が提案されている。しかしながら水に溶解する造膜性高分子を用いた場合には、該保護層の耐水強度は低く、また特に記載はないがたとえ硬化剤を併用しても乾燥時に地かぶりが発生する恐れがあるため十分に加熱できずしたがつて完全な耐水性を有する保護層は得られない。」(甲第九号証二頁左下欄一三行から右下欄二行まで)との記載が存し、これは水に溶解する造膜性高分子物質の硬化剤による耐水性の付与効果を全面的に否定しているものでなく、また、耐水性が完全か不完全かは相対的なことであるから、高分子物質に硬化剤を併用しても、乾燥時に地かぶり発生の恐れがあるため十分に加熱できず、完全な耐水性が達成されるかどうかは別として、少なくとも水溶性の造膜性高分子物質の耐水化をはかるために耐水化剤を用いることそれ自体は、甲第九号証に基づき当業者であれば極く普通に思い到るところということができる。また、甲第九号証における硬化剤とは反応性の耐水化剤を包含する意味と解されるから、この耐水化処理の構成につき本願考案と前記甲第九号証の記載は共通であり、したがつて、その耐水化の作用効果についても別段差異のあるはずがない。さらに、甲第一〇号証の一(審判事件甲第三号証、森茂編「紙加工便覧」(紙業タイムス社昭和四九年一月一五日発行)五〇三頁から五〇五頁まで)には、顔料コーテイグのバインダーとしてでんぷんやポリビニルアルコールを用いて塗工した紙は耐水性が劣るので、尿素ホルムアルデヒド樹脂、メラミンホルムアルデヒド樹脂、グリオキザール等の耐水化剤を用い、でんぷんやポリビニルアルコールの水酸基と縮合反応させ、あるいは橋かけ反応させて耐水化をはかる技術が記載されているから、甲第九、第一〇号証の一を併せると、前記3(二)(3)の、障壁層中の水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁層中に含有させ、水溶性高分子物質の水溶性を止あて耐水性の障壁層とする点は、当業者にとつてきわめて容易に選択しうる要件であり、そのことにより耐水化という作用効果が得られ、また、商品ラベルへ応用しても商品同士のラベルを介しての付着が防止されることも当然に予測できることといわざるをえない。(なお、補足すると、縮合あるいは架橋反応性の耐水化剤を用いて耐水性を付与した熱感応性記録材料や感圧記録材料が本出願前普通に知られていることは、本願に対する他の登録異議申立において提出された甲第一〇号証の二(特開昭四九-三二六四六号公報)、甲第一〇号証の三(特開昭五二-五二六四五号公報)、甲第一〇号証の四(特開昭五二-一五〇〇四九号公報)、甲第一〇号証の五(特開昭五四-一六二五五〇号公報)、甲第一〇号証の六(特開昭五四-五三五四五号公報)、甲第一〇号証の七(特開昭五四-一八七五三号公報)、甲第一〇号証の八(特開昭五四-四九二一〇号公報)によつても明らかであり、こうした記録材料の耐水化処理は周知慣用の技術であることを付け加えておく。)

(四) そうすると、前記3(二)の(1)、(2)、(3)の点は、目的(技術課題)、構成(目的達成のための技術手段)、作用効果(技術手段によつてもたらされる結果)のいずれの面からみても充分に予測性があり、当業者にとつて明白なこと、ないしはきわめて容易に考えられることというほかない。

5  最後に残る問題点は、本願考案では、支持体の裏面に感圧接着層を介して剥離紙を貼付して剥離ラベルとした点である。

(一) しかし、支持体の表面に感熱発色層を被覆し、裏面に感圧接着層を介して剥離紙を設けた形式の感熱記録剥離ラベルが本出願前普通に知られていることは、請求人が本願明細書考案の詳細な説明において、熱感応性記録材料と剥離ラベルの組合せが本出願前公知であることを前提にしてその欠点につき記述していること(甲第五号証1欄最下行から2欄二九行まで)に徴して明らかであつて、本願に対する他の実用新案登録異議申立において提出された、甲第一一号証の一(実願昭五一-一七二四一三号(実開昭五三-八九三三四号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(なお、これは本願の審査において審査官により引用されたものである。))、甲第一一号証の二(特開昭五三-六六二四〇号公報)、甲第一一号証の三(特開昭五〇-一四三五一号公報)、甲第一一号証の四(実願昭四六-一〇九二〇五号(実開昭四八-六五三二八号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム)によつても裏付けられているところであり、また、この剥離紙と感圧接着層の形成により本願考案において格別予測し難い顕著な作用効果が奏されるわけでもないから、この点も、当業者であればきわめて容易になしうることである。剥離紙と感圧接着層は、感熱記録層記録画像の消色防止という目的、作用効果を達成するものでなぐ、その機能は熱感応性記録材料の使用に際し剥離紙をはがし裏面を感圧接着性とする、即ち剥離ラベルの形式とするためのもので、それ自体のもつ公知の作用効果を奏するにとどまるものである。

(二) もつとも、審判請求人(原告)は、本願考案は障壁層を重ねた熱感応性記録材料と剥離ラベルの形式を組み合せた点に意義をもつものであり、この組合せは不即不離の関係にある旨、主張する。なるほど、本願明細書中の考案の詳細な説明の欄(甲第五号証1欄三二行から3欄一六行まで、8欄二〇行から二六行まで)によれば、熱感応性記録材料に感圧接着性を与え剥離ラベルの形式で用いる際に、記録画像が消色するという問題が実際上顕在化するとの認識に基づき、それを防止することを狙い、それに結び付けたかたちで障壁層が感熱発色層の上に重ねて設けられていて、いわば剥離ラベルの形式と感熱記録層の上に設けられた障壁層の存在が目的、作用効果の発現上相互に関連するとされている。

しかし、甲第七号証によれば、熱感応性記録材料に可塑剤を含有する樹脂フイルムが接触すると発色能力が低下し、その記録画像が退色するので注意を要するとされているから、熱感応性記録材料を剥離ラベルの形式で用い、商品等に貼着した場合においても、感熱発色層が同様に可塑剤含有の樹脂フイルムに接触すれば、記録画像が消色する、あるいはその恐れがあるのは当然かつ明白なことであり、この認識をもつて新規なこととはいえない。この問題は、記録済みの画像の退色ないし消色の問題であるから、普通の熱感応性記録材料であつても、可塑剤に触れると生じることであり、熱感応性記録材料と剥離ラベルの形式を組み合せたからといつて始めて生じるというものではないのである。なお、かりに原告の主張を容れ、この相互間の結び付きを知見であるとしても、前述したとおり紀録画像の消色現象、その防止手段、障壁層の耐水化に関し前記3(二)(1)、(2)、(3)の点が目的、構成、作用効果のいずれの面からみても充分に予測性があり、当業者にとつて明白なこと、ないしはきわめて容易に考えられることである以上、このことをもつて到底予測困難なことということはできず、きわめて容易に思い到る解明というほかない。

6  以上の次第で、本願考案は、甲第六号証の一、甲第七号証ないし甲第九号証及び甲第一〇号証の一の記載に原告も自認する周知慣用技術を併せることにより当業者がきわめて容易に考案をすることができるものということができるから、実用新案法第三条第二項の規定に該当して実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願考案と甲第六号証の一ないし四に各記載のものとの技術課題、目的の相違を看過し(認定判断の誤り第1点)、本願考案と甲第六号証の一記載のものとの相違点についての判断において、可塑剤移行防止層として耐水化された水溶性高分子物質の被膜を選択使用することがきわめて容易であると判断を誤つた(認定判断の誤り第2点)結果、本願考案は、甲第六号証の一、甲第七号証ないし甲第九号証及び甲第一〇号証の一の記載に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められると判断を誤つたものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

なお、前記三(本件審決の理田の要点)中、1、2(一)の各認定判断、2(二)のうち、「ここに記載されたトリフエニルメタン系染料のロイコ体、フエノール性物質及び水溶性の造膜性高分子物質がそれぞれ本願考案における無色又は淡色のロイコ染料、酸性物質及び水溶性高分子物質に相当し、」との認定判断部分、2(三)、3(一)の各認定判断、3(二)のうち、本願考案においてまず問題となる点は障壁層についてであつて、同所の(1)の点が本出願前知られている、きわめて容易に予測しうる、ないしはきわめて容易に考えられるかどうかということであるとの認定判断部分、4(一)の認定判断、4(二)の認定判断のうち、甲第八号証の記載事項の認定判断、4(三)の認定判断のうち、甲第九号証及び甲第一〇号証の一の記載事項の認定判断及び「これは水に溶解する造膜性高分子物質の硬化剤による耐水性の付与効果を全面的に否定しているものでなく、また、耐水性が完全か不完全かは相対的なことであるから、高分子物質に硬化剤を併用しても乾燥時に地かぶり発生の恐れがあるため十分に加熱できず、完全な耐水性が達成されるかどうかは別として」との認定判断の部分、末尾の括弧内の認定判断の部分、5(一)の認定判断、5(二)のうち、末尾の「前述したとおり記録画像の消色現象、その防止手段、障壁層の耐水化に関し前記(1)、(2)、(3)の点が目的、構成、作用効果のいずれの面からみても十分に予測性があり、当業者にとつて明白なこと、ないしはきわめて容易に考えられることである以上、このことをもつて到底予測困難なことということはできず、きわめて容易に思い到る解明というほかはない。」との部分以外の認定判断は、いずれも認める。

1  認定判断の誤り第1点

(一) 本件審決は「甲第六号証の一に記載されたトリフエニルメタン系染料のロイコ体、フエノール性物質及び水溶性の造膜性高分子物質と本願考案における無色又は淡色のロイコ染料、酸性物質及び高分子物質との間に具体的開示レベルで差異のないことは、本願明細書中の考案の詳細な説明の欄の記述に照らして明らかであるから、本願考案と甲第六号証の一(審判事件甲第一号証)とは、支持体の一面に、ロイコ染料と酸性物質とを発色成分として含有する感熱発色層を、そして、その上に水溶性高分子物質を含有する被覆層を設けた熱感応性記録材料である点において、一致する。したがつて、感熱発色層の上に水溶性高分子物質含有層を設けた熱感応性記録材料の構成に新規性はないのである。」(前記三2(二)参照)旨判断し、両者を対比して「両者の間において相違する点は、本願考案では、支持体の他面である裏面に感圧接着層を介して剥離紙を貼付して剥離ラベルとし、かつ、障壁層中に水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を含有させているのに対し、甲第六号証の一には、その旨の記載がない点である。」(前記三2(三)参照)と判断している。

(二) しかし、本願考案の目的、技術課題は発色層における記録画像の消色を防止するものであるのに対して、甲第六号証の一ないし四記載のものの目的、技術課題は発色層における無用の発色を防止するものであるから、両者の目的、技術課題はまさに正反対である。したがつて、甲第六号証の一と本願考案との間に具体的開示レベルで根本的差異があるというべきである。

そもそも、一つの研究目的、技術課題をもつて先行技術を調査するにあたり、目的、技術課題が正反対の技術文献を調査対象とすることはあり得ない。

このように、目的、技術、課題の異同は技術の進歩性を判断する根幹にかかわるものであるにもかかわらず、本件審決は本願考案と甲第六号証の一ないし四記載のものとの間の目的、技術課題の相違を看過した結果、本願考案がきわめて容易であるとの誤つた結論に至つたものである。

この点について詳細に検討すると、甲第六号証の一ないし三のオーバーコート層は感熱複写紙が圧力発色を起こしやすいので発色層を保護し圧力発色を起こさせないために設けられたものであり、甲第六号証の四のオーバーコート層も塗布された記録形成成分の乾燥及び作成中における着色を防ぐために設けられたものであつて、いずれのオーバーコート層も本願考案の「消色防止」とは正反対の「圧力による発色又は着色防止」の目的で設けられたものである。

そうであるとすると、目的が正反対の右甲号各証が本願考案の発想の出発点となり得るためには、当然そこに何らかの前提条件なり、特別の理由が存在する場合しかあり得ない。

しかるに、本件審決は、このような前提条件や理由を提示することなく、これらを発想の出発点として、本願考案がきわめて容易であると結論したことは、進歩性の判断をその根底において誤つたものというべきである。

また、甲第八号証にポリビニルアルコールが有機薬品に対して強い耐性をもつことが記載されていても、これを、本願考案の技術思想を何ら示唆していない甲第六号証の一ないし四に、結びつける根拠は全くない。

(三) よつて、本件審決の「甲第六号証の一に記載された熱感応性記録材料の感熱発色層上に設けられたポリビニルアルコールの被膜(保護層)が可塑剤の浸透を遮断するのに有効なことも、きわめて容易に予測できることである。」及び「甲第六号証の一の熱感応性記録材料において、その保護層によつて構成の帰結として当然に達成されているはずのことであるから、予測性を云々するまでもなく、格別のものと評価しえないということもできるのである。」(各前記三4(2)参照)との判断は、甲第六号証の一ないし四記載の考案の目的と、本願考案の目的との相違点の看過に起因した誤つた結論というべきである。

2  認定判断の誤り第2点

(一) 本願考案の実用新案登録請求の範囲に「水溶性高分子物質と該高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤とからなる障壁層」と規定されている要件の意味するところは、明細書全文の記載および甲第一〇号証の一ないし八などにみられる公知技術からみて、「水溶性高分子物質が耐水化された耐水性の層」であることは明らかである。

そして、この障壁層による効果について本願明細書(甲第二号証)五頁一七行から六頁三行までに、「本考案の如く障壁層に水溶性高分子物質を用いることによつて始めて半永久的に記録画像を消失することなく、鮮明に維持することができ、本考案の目的が達成されるものである。そして耐水化剤を添加することにより、その機能は一層安定して発揮せしめられる。」と記載しており、また、本願明細書(甲第二号証)九頁一五行から一三頁四行までに記載の製造例、比較例において本願考案における障壁層が発色画像の消色防止と耐水性付与という効果を併せ持つことが明らかにされている。

(二) 本件審決は、感熱発色層に可塑剤が接触するのを遮断阻止するために「水溶性高分子物質であるポリビニルアルコールの被膜を用いれば有効であることは、本出願前既に知られている、あるいはきわめて容易に考えられることといわざるをえない。甲第六号証の一に記載された熱感応性記録材料の感熱発色層上に設けられたポリビニルアルコールの被膜(保護層)が可塑剤の浸透を遮断するのに有効なことも、きわめて容易に予測できることである。」(前記三4(二)参照)と判断している。

しかし、本願考案の障壁層は前述のとおり「水溶性高分子物質の層」ではないから、可塑剤移行防止の目的で「水溶性高分子物質の層」を設けることが極めて容易であると仮定しても、同様の目的で「水溶性高分子物質を耐水化剤で耐水化した層」を選択使用することまで極めて容易であるということはできない。

(三) また、本件審決は、水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のことき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁層中に含有させ、水溶性高分子物質の特徴である水に溶解する性質を止めて耐水性障壁層とすることが本出願前知られている、きわめて容易に予測しうる、ないしはきわめて容易に考えられるかどうかという点について、「少なくとも、水溶性の造膜性高分子物質の耐水化をはかるために耐水化剤を用いることそれ自体は、甲第九号証に基づき当業者であれば極く普通に思い到るところということができる。また、甲第九号証における硬化剤とは反応性の耐水化剤を包含する意味と解されるから、この耐水化処理の構成につき本願考案と上記甲第九号証の記載は共通であり、したがつて、その耐水化の作用効果についても別段差異のあるはずがない。」(前記三4(三)参照)「甲第九号証、甲第一〇号証の一を併せると、……障壁層中の水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁層中に含有させ、水溶性高分子物質の水溶性を止めて耐水性の障壁層とする点は、当業者にとつてきわめて容易に選択しうる要件であり、そのことにより耐水化という作用効果が得られ、また、商品ラベルへ応用しても商品同士のラベルを介しての付着が防止されることも当然に予測できることといわざるをえない。」(前記三4(三)参照)と認定している。

しかし、前記甲第九号証および甲第一〇号証の一には、障壁層(オーバーコート層)が可塑剤移行防止(発色画像の消色防止)と耐水性を併せ持つという本願考案の効果については全く示唆していないばかりか、かえつて甲第八号証の記載はポリビニルアルコール(水溶性高分子物質)を耐水化すれば可塑剤移行防止効果を失うであろうことを示唆するものである。

すなわち、甲第八号証の一六九頁二〇行から二三行までには「多くの親水性の水酸基(OH基)を持つたポバール(ポリビニルアルコールのこと)は、……等の水酸基、……を持つ有機薬品とは強い親和性を持つが、……エーテル類、エステル類、ケトン類等の多くの有機薬品に対して強い耐性を持つている。」と記載されている。この記載から、ポリビニルアルコールが可塑剤移行防止効果を持つ理由はポリビニルアルコールの構造式中に水酸基が存在するためであることが明らかである。このことはポリビニルアルコールを可塑剤移行防止層として使用しようとするならば、ポリビニルアルコールの構造式中に存在する水酸基をなくするような方向の処理を考える筈はないのである。

しかるに、本願考案においては、水溶性高分子物質としてポリビニルアルコールを使用する場合には、耐水化剤との反応によりポリビニルアルコールが水溶性を示す源である分子中の水酸基(OH基)をエーテル結合などに変換することにより、ポリビニルアルコールを耐水化即ち不水溶性化したものである。

したがつて、甲第九号証、甲第一〇号証群により水溶性高分子物質の被膜を耐水化剤により耐水化する技術思想が存在するとしても、ポリビニルアルコールを耐水化すれば分子中の水酸基を失うことになるからこのようなことをすれば、甲第八号証の記載からみて本考案の重要な目的、効果である可塑剤移行防止の効果が失われることが予想されるのである。

よつて、可塑剤移行防止層として「耐水化された水溶性高分子物質の被膜」を選択使用することが極めて容易であるとはいえない。

(四) 本件審決は前記(二)のとおり、本願考案の障壁層(オーバーコート層)について、可塑剤移行防止を目的とする場合は「水溶性高分子物質の層」として進歩性を判断し、前記(三)のとおり耐水化を目的とする場合は「水溶性高分子物質を耐水化剤で耐水化した層」として進歩性を判断している。このよつに本願考案における一つの層である障壁層(オーバーコート層)を可塑剤移行防止を目的とする場合は「水溶性高分子物質の層」として取扱い、耐水化を目的とする場合は「水溶性高分子物質を耐水化剤で耐水化した層」として取扱うことは許されない。一つの層が同時に「水溶性の層」であり、「耐水性の層」であることはあり得ないからである。

結局、本件審決の判断は、形式的には本願考案のオーバーコート層を可塑剤移行防止兼耐水化層として判断しているようにみえるが、実体は、本願考案が可塑剤移行防止層と耐水化層をそれぞれ別個の層として設けた二層構成よりなるオーバーコート層をもつ考案として判断を行つており、可塑剤移行防止と耐水化の目的を一つの層で達成する点についての困難性を全く看過している。

そして、甲第八号証によれば、前述のように本願考案における可塑剤移行防止の目的と耐水化の目的を同時に一つの層で達成することは、二律背反の事項である。したがつて、甲第八号証に記載された技術常議に基づき判断すれば可塑剤移行防止の点を一つの層で解決することは困難なこととされる筈であり、可塑剤移行防止層と耐水化層の二層構成よりなるオーバーコート層を設ける着想しか生じない筈である。

したがつて、本件審決は、二律背反的な可塑剤移行防止と耐水化という二つの事項をたゞ一層のオーバーコート層により目的を達成するため「耐水化された水溶性高分子物質被膜」を選択使用するという困難性を看過したものであるから、本件審決の進歩性の判断は誤りである。

(五) よつて、本件審決の「障壁層中の水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁層中に含有させ、水溶性高分子物質の水溶性を止めて耐水性の障壁層とする点は、当業者にとつてきわめて容易に選択しうる要件であり、」(前記三4(三)参照)との判断は、誤りである。

第三  請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一ないし三の事実は認め、同四の主張中、後記認める部分以外は争う。

本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はない。

二  認定判断の誤り第1点について

1  請求の原因四1(一)の事実、同(二)中、本願考案の目的、技術課題は発色層における記録画像の消色を防止するものであるのに対して、甲第六号証の一ないし四記載のものの目的、技術課題は発色層における無用の発色を防止するものであること、甲第六号証の一ないし三のオーバーコート層は感熱複写紙が圧力発色を起こしやすいので、発色層を保護し圧力発色を起こさせないために設けられたものであること、同(三)中、本件審決が同所記載のとおりの判断をしていることは認める。

2  本願考案の目的と甲第六号証の一ないし四の目的とは、文言の表面的には異なるものである。

しかし、両者は、その相違にもかかわらず、いずれもその障壁層、被復層が異物や圧力等の影響から感熱発色層を保護する保護層、遮断層としての機能をもつものであり、技術的にみれば目的において共通的である。しかも、本願考案において、障壁層は圧力の影響から感熱発色層を保護することもできるし、その遮断する有機溶剤(異物)には、可塑剤のような不揮発性のものばかりでなく、揮発性の溶剤も含まれる。本願明細書の考案の詳細な説明の欄には表面からくる圧力や揮発性有機溶剤の浸透を障壁層によつて遮断阻止し、発色を防止することにつき触れられていないだけであつて、客観的にはその機能、作用効果を有するものであり、特異的に不揮発性有機溶剤の浸透のみを遮断阻止するというものではない。

したがつて、両者の目的は表面的には違つているようにみえても、正反対のものであるといえず共通的でありかえつて水溶性高分子物質からなる層が耐水性でない点を除く作用効果において同じである。この点については以下に述べるとおりである。

3  本件審決は、甲第六号証の一ないし四を本願考案の引用例として使用できる前提条件に相当するものとして、感熱記録紙の感熱発色層の記録画像が退色、消色する現象に、軟質塩ビフイルムや感圧テープ中に含まれる不揮発性有機溶剤(可塑剤)が原因していることを解明する甲第七号証(さらに必要ならば、甲第一一号証の一、二)を、また、水溶性高分子物質の代表例であると原告の認めるポリビニルアルコールが有機溶剤に対して強い耐性をもち、分子不透過性、遮断性を示すことを記載する甲第八号証を挙げ、その内容を説明している。原告のいう前提条件の欠缺をいう主張は、全く理由のない主張であり、本件審決を正しく理解しないことによるものである。

そればかりでなく、こうした退色、消色現象は有機溶剤が不揮発性のものである場合に発生するが、筆記具や接着剤中に含まれる揮発性有機溶剤の場合は反対に地肌に発色現象が生じるのであつて、退色、消色させるか発色させるかは感熱発色層に接触、浸透する有機溶剤の揮発性の有無という性質の差異によるにすぎないこと、ポリビニルアルコールの被膜が不揮発性有機溶剤のみならず揮発性有機溶剤を含めてほとんどの有機溶剤に対して不溶、耐性であり、有機溶剤やガスを透過させず遮断性を示すことは、前掲甲号各証のほかに乙第二号証、乙第三号証の二、乙第五号証、乙第六号証によつても立証されているとおり、本出願前こく普通に知られている技術常議である。

したがつて、発色防止と退色消色防止の相違を根拠にして甲第六号証の一ないし四は本願考案に対する引用例として論理上比較の対象となりえず、本件審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は、失当である。

こうした前提条件に相当する技術常議を有する当業者が、甲第六号証の一ないし四記載の技術を知り、理解し、本願考案を得る上での推考の基礎とすることを想定すること、そして、その甲第六号証の一ないし四に記載された感熱記録紙の表面に施された水溶性高分子物質の被膜について、可塑剤等の不揮発性有機溶剤浸透遮断、阻止、記録画像の退色、消色防止という作用効果のあることを予測することがきわめて容易であるとすることに、経験則上あるいは論理上なんら不合理な点はない。

4  本願考案における障壁層形成の目的は不揮発性有機溶剤である可塑剤が感熱記録紙の表面から感熟発色層に接触、浸透してくるのを遮断照止し、可塑剤により記録画像が退色、消色するのを防止することにあるのに対し、甲第六号証の一ないし四における被覆層形成の目的は接触や摩擦等によりあるいは吸湿(水分の吸収)により感熱発色層に発色、着色等が生じるのを防止することにあるから、なるほど両者はこの点において異なるものがあるといえるであろう。

しかしながら、障壁層、被覆層がその目的を達成する原理ないし機構は、本願考案においても、また甲第六号証の一ないし四であつても、保護層、遮断層として働く点で軌を同じくし、可塑剤を遮断阻止するか、接触、摩擦等の物理的な圧力や水分の吸収を遮断するかの点は表面上の相違にすぎないから、その目的が逆方向を指しているというものではない。しかも、有機溶剤であつても、不揮発性である可塑剤の場合には、それが遮断阻止されなければ記録画像か退色、消色し、他方揮発性の有機溶剤が遮断阻止されずに浸透すれは感熱発色層が発色し、圧力といつた物理的な力や湿度(水分)が感熱発色層に加わつた場合にもそれが遮断されなければ発色が生じるのであつて、退色、消色するか発色するかは何が影響するかという現象面、そしてそうなることが周知の現象面での差異にすぎない。本願考案であつても、また甲第六号証の一ないし四であつても、障壁層、被覆層は客観的な作用効果としてこうした異物や圧力の影響から感熱発色層を保護する機能をもち、作用効果を奏しているのであつて、その保護層、遮断層という構想において共通的であり、それらを遮断するという作用効果(水溶性高分子物質からなる層は耐水性でない点は除く。)において相違はない。

5  そして、感熱記録紙の感熱発色層に可塑剤が接触、浸透すると記録画像が退色、消色すること、本願考案の水溶性高分子物質の代表例であるポリビニルアルコールの被膜に有機溶剤耐性、分子不透過性、遮断性のあることはいずれも、前述したとおり本出願前周知であり技術常識であるから、ポリビニルアルコールからなる障壁層に可塑剤不透過性、遮断性、ひいては記録画像の退色、消色防止という作用効果を見い出すことは、きわめて容易なことである。

しかも、甲第六号証の一ないし三において感熱発色層に生じる圧力発色や吸湿発色を防止するのに水溶性高分子物質と並んで用いられる水不溶性高分子物質の被膜が乙第五号証においては表面からの有機溶剤の感熱発色層への接触、浸透を遮断阻止し、記録画像の退色、消色を防止するためにも用いられていること(具体的な被膜物質としては、甲第六号証の二と乙第五号証の間でポリプロピレンが共通一致し同じポリプロピレンの被膜に圧力発色の防止と有機溶剤の浸透遮断、記録画像の退色消色防止という二つの作用効果のあることが明らかにされている。)、感熱記録紙の裏面からくる有機溶剤が感熱発色層に接触、浸透するのを遮断阻止するためのものであるけれども、ポリビニルアルコールやその耐水化物に当たるポリ酢酸ビニルの被膜が有効であることが乙第二号証により周知であること、甲第六号証の二において、感熱記録紙の圧力発色防止に有効なポリエチレンやポリプロピレンの被膜層が同時に有機溶剤に対しても強いとの記載があり(二頁左上欄、右上欄)、この記載は、同一の被膜層に、圧力発色防止の作用効果のほかに有機溶剤遮断性、ひいては可塑剤による記録画像の退色、消色が防止される作用効果のあることをも示しているものと解されること、こうした技術水準を前提にして考えるならば、感熱発色層の上にポリビニルアルコールからなる障壁層を設けた感熱記録紙に、圧力発色防止の作用効果のほかにその表面からくる可塑剤の接触、浸透を遮断阻止し、記録画像が退色、消色するのを防止する作用効果のあることを予見することは、なおさら容易なことといわなけれはならない。

6  なお、甲第九号証には、硬化剤すなわち耐水化剤と水溶性高分子物質を併用した保護層を感熱発色層の上に設けた感熱記録紙が記載されており、その保護層の構成は本願考案におけるのと同じであり、他方感熱記録紙裏面の感圧接着層及び剥離紙の有無は感熱記録紙表面からの有機溶剤の接触、浸透に関係しないこと明らかであるから、この甲第九号証の感熱記録紙は客観的には本願考案におけるのと同じ作用効果である、感熱記録紙表面から接触、浸透する可塑剤を遮断阻止し、記録画像の退色、消色を防止する作用効果を奏し、かつ耐水性であるという点で本願考案との間に相違はない。

三  認定判断の誤り第2点について

1  請求の原理四2(一)の事実、同(二)中、本件審決が同所記載のとおりの判断をしていること、同(三)中、本件審決が同所記載のとおりの判断をしていること、甲第八号証に同所引用のとおりの記載があること、本願考案においては、水溶性高分子物質としてポリビニルアルコールを使用する場合には、ポリビニルアルコールを耐水化剤との反応によりポリビニルアルコールが水溶性を示す源である分子中の水酸基(OH基)をエーテル結合などに変換することにより耐水化すなわち不水溶性化したものであること、同(四)中、本件審決が同所冒頭記載のとおりの判断をしていること、一つの層が同時に「水溶性の層」であり、「耐水性の層」であることはあり得ないこと、同(五)中、本件審決が同所記載のとおりの判断をしていることは認める。

2  水溶性高分子物質の代表例であるポリビニルアルコールの被膜に有機溶剤浸透遮断の機能のあることが本件出願前に技術常識であつたことは、前記二(認定判断の誤り第1点について)3ないし5のとおりである。

また、感熱記録紙におけるポリビニルアルコールの耐水化の手段は周知であり(甲第九号証、甲第一〇号証の一ないし五)、ポリビニルアルコールの水酸基を封鎖しても、有機溶剤の浸透遮断性という作用効果が維持されることは周知である(甲第八号証、甲第一〇号証の八、乙第二号証、乙第七号証の二、乙第八号証の二)から、右手段を採用することに困難はなく、ポリビニルアルコールそれ自体を耐水化剤と反応させ、ガス遮断性、有機溶剤浸透の遮断性を維持しつつポリビニルアルコールの耐水化をはかり、記録画像の退色、消色防止という作用効果が得られることは、当業者にとつてきわめて容易に考えられることである。

ポリビニルアルコールの化学構造中の水酸基を耐水化物で封鎖することは、ポリビニルアルコール被膜のもつ有機溶剤遮断性、不透過性を喪失させるものと考えるのが当然であるかのような原告の主張は理由がない。

(一) 甲第八号証には、ポリビニルアルコールの化学構造中に存在する水酸基はポリビニルアルコールに水溶性、つまり水に比較的弱いという性質を付与していて、水分を吸収すると有機溶剤やガスの不透過性、遮断性が低下することが記載されており、ポリビニルアルコールを耐水化剤で耐水化しても、その被膜の有機溶剤不透過性、遮断性に特段の悪影響を及ぼすものでないとみるべきであり、またそれが本件出願前の技術水準であつた。

したがつて、ポリビニルアルコールの水酸基を封鎖し水不溶化を与えることは、その有機溶剤に対する耐性、不透過性、遮断性の喪失を予想させると考えなければならない特段の理由はない。

かえつて、甲第八号証には、高湿度下で有機溶剤やガスの透過を遮断するためには耐水化剤により耐水性の付与されたポリビニルアルコール誘導体被膜の有効なことが示されている。

(二) 甲第一〇号証の八には、感圧記録紙について、発色層の表面にポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質とそれに耐水性を与える耐水化剤とからなる被膜を設けることにより、耐汚染性、耐溶剤性、耐湿性等の作用効果が得られる旨記載されており、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質と耐水化剤とからなる被膜が有機溶剤の遮断性を失わせるものではないことが示されている。

(三) 乙第二号証には、ポリビニルアルコールの分子中の水酸基に酢酸基を導入し、水不溶化したものに相当するポリ酢酸ビニルが、ポリビニルアルコール以上に有機溶剤遮断機能に優れていることが示されており、そのことは周知である。

(四) 乙第七号証の二、乙第八号証の二には、ポリビニルアルコールを代表的な耐水化剤として周知のホルムアルデヒドやグリオキザールと反応させて得た樹脂フイルムは、有機溶剤に不溶で、耐油性、耐薬品性、耐水性に優れていることが記載されており、右樹脂フイルムが、耐油性、耐溶剤性であるとの記載は、油や有機溶剤の透過性がないか透過性が低いこと、即ち、油や有機溶剤の浸透遮断性のあることを意味していることが明らかである。

そして、このようなポリビニルアルコールの耐水化物の一般的な物理的、化学的性質は、本願出願前に技術常識であつたことは、乙第七号証、乙第八号証の各一ないし三が本願出願の一〇年あるいは二〇数年前の一般技術文献であることからもうかがえる。

3  また、乙第五号証には、本来的に水溶性樹脂でない水不溶性の樹脂よりなる被覆層に有機溶剤や水の浸透を遮断する機能があり、それを用いて、画像の消色防止の作用効果を得ることが記載されており、そのことが広く知られていることからも、ポリビニルアルコールに代表される水溶性高分子物質を用い、それを耐水化した被覆層であつても、不揮発性有機溶剤浸透遮断の機能、したがつて、記録画像の退色、消色防止という作用効果のあることはきわめて容易に予測できる。

4  本願考案における障壁層はなるほど、耐水化剤によつて水溶性高分子物質が耐水化された一層構成のものである。

しかしながら、本願明細書中の考案の詳細な説明のを検討しても、

(一) 単に水溶性高分子物質と耐水化剤を混合して水溶液とし、それを感熱発色層の上に塗布しているだけであつて、耐水化の反応機構に解明点があるわけでなく、反応の程度や結果が化学的に確認されているわけでもなぐ、その反応機構を明らかにする説明すらもなく、単に、混合と塗布過程で本出願前周知の耐水化反応が自然と進行しているにすぎないとされていること、

(二) 耐水化に当つて格別の困難性があつたことや、そのために特段の手段を講じたことを窺うに足りる記載が全く見当たらないこと、

(三) 耐水化剤の使用により耐水化という当然かつ周知の作用効果がその使用量に応じて水溶性高分子物質に衝次連続的に付加されただけであつて、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質が有する有機溶剤遮断阻止、不透過性、記録画像の退色、消色防止という周知の基本的性質を失なつていず、耐水化によつてその本質的性質が変化したり、あらたに別異の予測し難い作用効果が得られたわけではなぐ、作用効果の全く異なる別異の物質になつているわけでもないこと、

(四) 分子量の巨大な高分子化合物に対する低分子量の結合基の導入ということは反応をともなうものであるが分子量の小さい低分子化合物に対する場合と同視できず、また一般に混合物的性質の側面が大きいとされていること、

(五) 水溶性高分子物質のみでは有機溶剤の遮断阻止、画像の退色、消色防止の作用効果が得られず、耐水化剤と併用して初あてその作用効果が達成されるというものでもないこと、

以上の点を併せ考えると、耐水化剤により水溶性高分子物質を耐水化するということは、水溶性高分子物質を障壁層成分として用いる際の単なる付加的要素であつて、その実体は混合と同視し得るものであり、そこに不可分一体の関係が生じているとみることは到底できないから、本願考案の技術構成に関し、その障壁層についての構成要件を水溶性高分子物質と耐水化剤の二つに分離した上で甲第六号証の一ないし四と対比し、その間の一致点と相違点を確定し、相違点については甲第九号証、第一〇号証の一ないし八により認定判断した本件審決の手法に誤りはない。

本願明細書考案の詳細な説明においては、水溶性高分子物質からなる障壁層を前提にして、水溶性高分子物質と耐水化剤とからなる障壁層についての創作に至つていると説明されているのであり、これは、水溶性高分子物質と耐水化剤を分離して理解している証左である。本件審決は本願明細書に記載された考案の構成要件の組立て方にしたがつて、本願考案を理解しているのであつて、原告の主張は、本願明細書中の考案の詳細な説明に基づかす、それと相容れないものである。

5  本件審決は、水溶性高分子物質の層と水溶性高分子物質を耐水化剤で耐水化した層が同じであるというているわけでなく、一つの同じ層が水溶性であると同時に耐水性であるといつているのでもなく、また、水溶性高分子物質を耐水化剤で耐水化した層を二層構成であるとしているものでもない。本願考案における障壁層の構成要件につき、それを水溶性高分子物質と耐水化剤に分けて把握し、水溶性高分子物質について有機溶剤の浸透遮断、水溶性高分子物質と耐水化剤との反応について耐水化という作用効果を認定し、それを甲第六号証の一と比較検討して容易推考性を判断しているにすぎないのである。

第四  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  本願考案について

成立について当事者間に争いのない甲第二号証ないし甲第五号証によれば、本願実用新案登録願に添附された明細書及び図面(甲第二号証)に、昭和五七年九月二九日付手続補正書(甲第三号証)及び昭和五八年八月一二日付手続補正書(甲第四号証)による補正をし、実用新案出願公告(実公昭五九-九九〇九号)されたもの(以下「本願明細書」という。)には、本願考案の技術課題・目的、構成、効果について次のような記載があることが認められる。

1  技術課題・目的

(一)  従来より、剥離ラベルは、商品にその容量、価格、品質等を表示するための商品ラベル、郵送物に貼付する宛名表示ラベル等に広く用いられている。これら剥離ラベルにブリンターによつて表示記録するものがあるが、その記録方式としては押印方式、タイブリボン方式等が実用化されている。しかしながら、これら記録方式では、騒音があること、インクを補充したり、リボン交換が必要である等の欠点を有することからこのようなことが必要とされない感熱記録方式の採用が強く望まれていた。(甲第五号証1欄三七行から2欄一〇行まで)

(二)  しかしながら感熱記録方式を剥離ラベルの記録に適用しようとすると前記利点がある反面、大きな欠点を有していた。すなわち、感熱記録材料として記録面像が鮮明であり、保存カブリが少ないという点で実用的には無色又は淡色のロイコ染料とこれを熱時発色せしめる酸性物質との発色成分系を用いたものが最も有利であるが、このタイブの感熱記録材料を採用した剥離ラベルは例えば商品ラベルに適用した場合に、塩ピフイルム、ポリプロピレンフイルム等でそのラベルの上から包込んだり、あるいはこれらフイルムで包装した商品の上に剥離ラベルを貼看し、この商品を重ね合わせて保管あるいは陳歹列したとき、わずか半日程度で熱記録した画像が判読できないほど消失してしまうという大きな欠点を有していたからである。

このような有機樹脂フイルムあるいはシートと重ねた場合記録画像が消失してしまうという現象は、郵送物の宛名ラベルの場合にも多く発生し、このような理由から剥離紙への記録方式として感熱方式の採用が阻まれていたものである。(甲第五号証2欄一〇行から二九行まで)

(三)  本考案者は、上記したような現象につき鋭意、検討し、樹脂フイルムの表面に存在するかあるいはフイルム内部から浸出する可塑剤が原因していることをつきとめた。すなわち、これら有機樹脂をフイルム化するために可塑剤を添加するが、この可塑剤が加熱により一旦形成された発色染料を分解して消色してしまうというものである。そこで本考案者らは樹脂フイルム中に含有される可塑剤を直接感熱層と接触することを阻止する水溶性高分子物質からなる障壁層を感熱発色層上に設けることを提案した。

しかしながら、例えば商品ラベルへ応用した場合等、その使用条件で結露した水がつき易く、商品を重ねた場合、商品同士がラベルを介して付着してしまい、商品あるいは包装を傷つけるという欠点があつた。(甲第五号証2欄三〇行から3欄七行まで)

2  構成

(一)  実用新案登録請求の範囲

請求の原因二(本願考案の要旨)のとおり。

(二)  障壁層を形成する水溶性高分子物質としては、例えば、ボリビニールアルコール、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース・・・ヒドロキシメチルセルロース・・・ボリアクリルアミド、デンブン、ゼラチン・・・等が例示される。またこれらと縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤としては、ホルムアルデヒド、グリオキザール、クロム明ばん、メラミン、メラミンーホルムアルデヒド樹脂・・・等が拳げられる。・・・障壁層の厚さは、好ましくは一μ~一〇μ程度がよく、一μ以下だと均一膜厚の層が形成し難く、また一〇μ以上だと感熱発色層への熱伝導が速やかでなく、記録に多くの熱エネルギーを要する。(甲第五号証3欄一七行から三五行まで)

(三)  感熱発色層は従来の如く、紙、合成樹脂シート、金属蒸着紙等より成る支持体上に形成されるが、該層を形成するロイコ染料、酸性物資及び結合剤は従来より公知のものが用いられ、その一例を下記に示す。

(1) ロイコ染料

クリスタルバイオレツトラクトン、・・・

(2) 酸性物質

二・二ビス(四-オキシフエニル)プロパン(別名ビスフエニールA)、・・・

(3) 結合剤

ポリビニールアルコール、・・・(甲第五号証4欄八行から四四行まで)

(四)  支持体の裏面に設けられる剥離紙並びにこれを支持体に接着する感圧接着層は従来の剥離ラベルに用いられているものならいずれも使用できるが、例えば剥離紙としては、紙等の台紙上にシリコーン樹脂等の剥離層を設けたもの、感圧接着層は、SBR系ラテツクスを用いることにより形成することができる。(甲第五号証5欄三行から九行まで)

3  効果

本考案の感熱記録用剥離ラベルは、有機樹脂フイルムを重ねても記録画像が消失しない保存性の優れたものであり、実用上極めて大きな利点を発揮し、従来は剥離ラベルの記録には困難とされていた感熱記録方式の適用を可能とし、剥離ラベルのブリント作業の効率を高めることに成功したものである。(甲第五号証8欄二〇行から二六行まで)

三  認定判断の誤り第1点について

1  右二(本願考案について)認定の本願明細書の記載によれば、本願考案の目的は、有機樹脂フイルムを重ねてもその有機樹脂フイルム中に含有する可塑剤によつて記録画像が消失しないという意味で耐可塑剤性を有し、結露等により付着した水分によつて他の紙、樹脂フイルム等に付着しないという意味で耐水性のある障壁層を備えた感熱記録用剥離ラベルを提供することにあるものと認められる。

2  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の一によれば、同号証には次のような技術事項が記載されていることが認められる。

(一)  同号証記載の特許請求の範囲

トリフエニルメタン系染料のロイコ体とフエノール性物質とを相互に隔離してバインダに分散させた感照熱層を有し、前記フエノール性物質は常湿では固体であるがサーモグラフ湿度では液化または気化し前記染料のロイコ体と反応して記録を生じる熱感応性記録材料であつて、前記感熱層の表面に水もしくは非極性溶剤に溶解する造膜性高分子物質の被膜を設けたことを特徴とする熱感応性記録材料。

(二)  現在使用されている感熱紙は、まだ保存性も悪く、また二成分が接触して発色されるタイブの感熱紙等は、感圧性も大きく、折りたたんで持ち歩く時とかサーマルヘツドで記録する時紙が汚染したりして品質の低下をまねく欠点がある。(甲第六号証の一、一頁右下欄一三行から一七行まで)

(三)  本発明は感熱剤の表面に造膜性高分子物質の被膜を設けることにより、上記のような欠点を除去し、保存性が良好で鮮明な記録の得られる熱感応性記録材料を提供しようとするものである。(甲第六号証の一、二頁左上欄四行から七行まで)

(四)  トリフエニルメタン系の染料ベースのロイコ体・・・は、フエノールやクレゾールのようなフエノール性物質と反応して発色することはオー・フイツシヤーらにより既に明らかにされている。一般にこの種の発色染料と発色剤・・・とは両者を単独で混合するか、または溶剤に溶かして接触させると電子移動により発色染料が発色する。・・・しかしこれら両成分をそれぞれ非溶剤中でバインダで分散した後混合すると発色しない。これはバインダが両成分を隔離して両成分の接触を阻止しているためである。・・・この種熱感応性材料は両成分が接触するとすぐ発色するという非常に鋭敏な反応を起こす。従つて熱感応性材料を支持体に塗布したままで表面に発色剤と発色染料が露出していると両者は物理的な衝撃その他によつて接触し発色する。特に発色感度、温度差による発色濃度差の比率を高くするには発色剤と発色染料を分離するためのバインダ量を少なくするのが有利であるが、そうすると接触や摩擦による汚染が大きくなる。・・・本発明は感熱層の表面に造膜性高分子物質の被膜を設けることにより上記のような不都合を除去するものであつて、・・・(甲第六号証の一、二頁左上欄一五行から左下欄八行まで)

(五)  感熱層の表面に形成する造膜性高分子物質・・・ボリビニールアルコール、デンブン、ゼラチン、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ボリアクリルアミド、カルボキシメチルセルロース・・・。(甲第六号証の一、三頁右上欄一一行から一五行まで)

3  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の二によれば、同号証には次のような技術事項が記載されていることが認められる。

即ち、同号証の特許請求の範囲の欄に記載された発明は、「無色またはやや淡色を帯びた発色性物質と、該発色性物質を熱時発色させる有機酸とを組み合わせて含む感熱記録層の上にボリエチレンまたはボリブロビレンの保護層を設けることを特徴とした感熱記緑材料。」というものであるが、同号証の発明の詳細な説明の欄の先行技術について、「有機酸および通常無色またはやや淡色を帯びた発色性物質を結合剤中に分散させた塗液を支持体上に塗布して感熱記録用シートを作ることはすでに公知である。ところがこの種の感熱記録用シートは加熱のみならず、ひつかき摩擦に非常に敏感で、それによつて発色するという、すなわち圧力発色を生ずる性質があり、実用上重大な支障をきたすことが多い。」(甲第六号証の二、一頁左下欄一五行から右下欄三行まで)、「感熱記録層の上に保護層を設けるということは、すでに特公昭四四-二七八八〇号に記載があり、ボリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースのような水溶性樹脂の保護層を設けたり、あるいはそれら水溶性樹脂中に非粘着性ワツクスを極く少量分散させて、保護層として塗布することが提案されているが、これらは圧力発色防止に十分でない。」(甲第六号証の二、二頁左上欄六行から一三行まで)と記載されている。

4  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の三によれば、同号証には次のような技術事項が記載されていることが認められる。

(一)  同号証記載の特許請求の範囲

有機酸および有機酸と反応して発色する通常無色ないし淡色の発色性化合物を有する感熱記録材料において、感熱層中および(または)感熱層の保護層中に感熱層成分の全重量に対してワツクスを〇・五~三〇重量%、でんぶん誘導体の徴粉末を一〇~九〇重量%を含有することを特徴とする感熱記録材料。

(二)  有機酸および有機酸と反応して発色する通常無色ないし淡色の発色性化合物を結合剤に分散させて支持体上に塗設して感熱記録材料を作ることは特公昭四五-一四〇三九号などにみられるようにすでに公知である。・・・この種の感熱記録材料は加熱だけでなぐ、ひつかき摩擦などに非常に敏感で、複写または記録時およびその他の取扱い時に不必要に発色(この現象を「圧力発色」と称している)する性質があり、実用上重大な支障をきたすことが多い。本発明者らはこのような欠点を有しない感熱記録材料について研究を重ねた結果、次に述べるような方法により圧力発色を防止した感熱記録材料を開発することに成功した。(甲第六号証の三、一頁1欄三五行から2欄一五行まで)

5  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証の四によれば、同号証には次のような技術事項が記載されていることが認められる。

(一)  同号証記載の特許請求の範囲

感熱記録材料として使用する記録形成ユニツトに於いて、該ユニツトはクリスタル・バイオレツト・ラクトン及びフエノール性物質を有する支持体シート材料より成り、該フエノール性物質は室温では固体、サーモグラフ温度では液化または気化し、該フエノール性物質はラクトンと反応し記録を生じ、該ラクトン及びフエノール性物質はボリビニルアルコール中に分散していることを特徴とする感熱記録材料。

(二)  記録形成成分は一般にその無色状態に於ける塩基性発色物質及びジフエニールの如き酸性物質から成り、これは接触により色を生ずる。(甲第六号証の四、一頁2欄六行から八行まで)

記録形成成分の一方又は両者で塗被されたシート上に高分子膜をかぶせる方が望ましい事が判明した。例えばボリビニル・アルコールーカルボキシメチルセルローズ膜より成る保護塗被膜が良好である。(甲第六号証の四、一頁2欄一六行から二〇行まで)

本発明の記録形成系・・・は他の系と比較して、ボリビニルアルコールの代わりの他の成膜性高分子をも含め、非常に耐湿性及びブリント安定性が改良されたことが判る。耐湿性の改良によう、塗布された記録形成成分の乾燥及び作成中に於ける着色を妨ぐことが出来る。(甲第六号証の四、六頁12欄一五行から二二行まで)

6  右2ないし4の認定によれば、甲第六号証の一ないし三には、感熱記録材料の感熱層の圧力発色を防止する目的で、感熱発色層の上にボリビニルアルコール等の水溶性高分子物質の保護層を設けた感熱記録材料が記載されているものと認められる。

また、右5の認定によれば、甲第六号証の四には、感熱記録材料の耐湿性の改良により、感熱層の乾燥、作成中の発色を防止する目的で、感熱発色層の上にボリビニルアルコール等の水溶性高分子物質の保護層を設けた感熱記録材料が記載されているものと認められる。

これらの事案によれば、本願出願前において、圧力又は耐湿性の不足により感熱記録材料が発色することを防止する目的で、感熱発色層の上にボリビニルアルコール等の水溶性高分子物質の保護層を設けた感熱記録材料は周知であつたものと認められる。

そして、本願考案の目的は、前記1認定のとおり、有機樹脂フイルム中に含有する可塑剤によつて記録画像が消失しないという意味で耐可塑剤性を有し、水分によつて他の紙、樹脂フイルム等に付着しないという意味で耐水性のある障壁層を備えた感熱記録用剥離ラベルを提供することにあるもので、外界の可塑剤との接触という化学的現象によつて、記録された画像が消失するのを防止することにあるのに対し、甲第六号証の一ないし三記載のものは、圧力という物理的現象により、甲第六号証の四記載のものは耐湿性の不足により、各発色してはならない感熱記録材料が発色することを防止するもので、本願考案と甲第六号証の一ないし四記載のものとは、同じ保護層といつても、対処しようとする現象の原因も結果も異なるものと認められ、両者の保護層が解決しようとする具体的な目的、技術課題は別異のものであると認められる。

7  他方、請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(一)記載の本件審決の認定判断、即ち、甲第七号証の記載事項の認定及び右記載事項から、樹脂フイルムが可塑剤を含有し、その可塑剤を含有する樹脂フイルムが感熱紙に接触すると、可塑剤である不揮発性アルコール、エステル、ケトン類が熱感応性記録材料の記録画像を退色ないし消色させる原因となることは、本願出願前既に知られているということができることは当事者間に争いがない。

また、請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(二)記載の本件審決の認定判断中、甲第八号証(昭和四五年四月一〇日発行)に、ボバール、すなわち本願考案に用いる水溶性高分子物質の代表例であるボリビニルアルコール(甲第五号証3欄一八行、6欄三行から九行まで)は、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水緊類、エーテル類、エステル類、ケトン類等の多くの有機薬品に対して強い耐性をもつことが記載されていることは当事者間に争いがなく、このことによれば、甲第七号証に可塑剤として據げられたエステル類、ケトン類等の浸透遮断にボリビニルアルコールの被膜を用いれば有効であることも本願出願前容易に察知できることであつたものと認められる。

したがつて、本願考案の目前、技術課題の一部である、有機樹脂フイルムに含まれる可塑剤による感熱記録紙の記録画像の消失の防止という技術課題、その解決手段として、可塑剤の浸透遮断にボリビニルアルコールの被膜を用いれば有効であることを知つた当薬者にとつて、甲第六号証の一ないし四に記載されているような周知の、感熱記録材料の感熱層の圧力発色または感熱層の乾燥、作成中の発色を防止する目的で、感熱発色層の上にボリビニルアルコール等の水溶性高分子物質の保護層を設けた感熱記録材料の保護層は、有機樹脂フイルムに含まれる可塑剤による記録画像の消失を防止する目的のための可塑剤の浸透遮断の機能をも有することは容易に知り得たはずのものであると認められる。

このような事実を前提に本件審決を見れば、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)2(二)、(三)、3の認定判断を踏まえた4(一)、(二)の認定判断も右の判断と同趣旨であるものと解することができる。

本件審決は、本願考案と甲第六号証の一記載の感熱記録材科の構成を対比した結果、前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)2(二)、(三)のように両者の一致点及び相違点を認定判断しているものであり、同4(一)、(二)の認定判断の趣旨が右のように解することができる以上、本件審決が本願考案と甲第六号証の一記載の感熱材料における水溶性高分子物質の保護層を設ける目的、技術課題の相違を前提とした判断をしているものであり、両者の目的、技術課題を誤認看過したものとは認められない。

認定判断の誤り第1点の原告の主張は採用できない。

四  認定判断の誤り第2点について

1  請求の原因四(本件審決の取消事由)2(一)の事実、即ち、

本願考案の実用新案登録請求の範囲に「水溶性高分子物質と該高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤とからなる障壁層」と規定されている要件の意味するところは、明細書全文の記載および甲第一〇号証一ないし八などにみられる公知技術から見て、「水溶性高分子物質が耐水化された耐水性の層」であること、この障壁層による効果について本願明細書に「本考案の如く障壁層に水溶性高分子物質を用いることによつて初めて半永久的に記録画像を消失することなく、鮮明に維持することができ、本考案の目的が達成できるものである。そして耐水化剤を添加することにより、その機能は一層安定して発揮せしあられる。」と記載されていること及び本願明細書の原告主張の個所の製造例、比較例において本願考案における障壁層が発色画像の消色防止と耐水性付与という効果を併せ持つことが明らかにされていることは当事者間に争いがない。

2  当業者にとつて、甲第六号証の一ないし四に記載されているような周知の、感熱記録材料の感熱層の圧力発色または感熱層の乾燥、作成中の発色を防止する目的で、感熱発色層の上にポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質の保護層を設けた感熱記録材料の保護層は、有機樹脂フイルムに含まれる可塑剤による記録画像の消失を防止する目的のための可塑剤の浸透遮断の機能をも有することは容易に知り得たはずのものであることは、前記三7に認定したとおりである。

3  請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(三)記載の本件審決の認定判断中、甲第九号証に、「さらに特開昭四八-五一六四四号には、感熱記録層の上に水もしくは非極性溶剤に溶解する造膜性高分子物質の保護層を設け保存性、感圧性、熱ヘツド付着性を改良する方法が提案されている。しかしながら水に溶解する造膜性高分子を用いた場合には、該保護層の耐水強度は低く、また特に記載はないがたとえ硬化剤(甲第九号証に「強化剤」とあるのは、本件審決記載のとおり「硬化剤」の趣旨であると認める。)を併用しても乾燥時に地かぶりが発生する恐れがあるため十分に加熱できずしたがつて完全な耐水性を有する保護層は得られない。」との記載があること、この記載は水に溶解する造膜性高分子物質の硬化剤による耐水性の付与効果を全面的に否定しているものでなく、また、耐水性が完全か不完全かは相対的なことであることは当事者間に争いがない。

しかし、右甲第九号証の記載中の特開昭四八-五一六四四号とは、本件における甲第六号証の一であるから、右記載は、甲第六号証の一において提案されている保護層の内、水に溶解する造膜性高分子物質の保護層を用いた場合には、該保護層の耐水強度が低いという問題点があり、甲第六号証の一にはそのような記載はないが、そのような保護層に硬化剤を併用しても完全な耐水性を有する保護層は得られないとするものであり、そこにいう硬化剤が耐水化剤を含むものとしても、そのような方法による耐水性の付与効果を全面的に否定しているものでないとはいえ、完全な耐水性を有する保護層は得られないとするものであることは明らかである。

商品ラベル、郵送物の宛名表示ラベル等としての使用を念頭に置き、結露による水の付着する使用条件でも、重ねた商品がラベルを介して付着し、商品や包装を場つけるという問題点の解決を目的とする本願考案(本願明細書の製造例1並びに比較例1に示されたように本願考案は少くとも感熱記録用剥離ラベルとアート紙との固着を生じないことを目的としていることは明らかである。)において、障壁層の耐水化が不完全とされているものであつても足りると考えられることを認めるに足りる証拠はない。耐水性が完全か不完全かは相対的なことであることは、直ちにそれが不完全なままでもよいということを意味するものではない。

前記のような甲第九号証の記載からすれば、右のように耐水化が不完全なものでも足りるとはいえない本願考案の目的を前提とする本件において、水溶性の造膜性高分子物質の耐水化をはかるために耐水化剤を用いること自体は甲第九号証に基づき当業者であれば極く普通に思い到るところであるとした本件審決の判断は誤りである。

また、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第九号証には、甲第六号証の一の保護層が、可塑剤の浸透遮断の機能を有すること、硬化剤を併用した場合その機能には変化がない旨の明示の記載もその旨の示唆も認められない。

耐水化処埋の構成につき本願考案と甲第九号証の記載は共通であり、したがつてその耐水化の作用効果についても別段の差異のあるはずがない旨の本件審決の認定判断は、甲第九号証の記載にそわない判断であり、誤りというほかない。

4  請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(三)記載の本件審決の認定判断中、甲第一〇号証の一に、顔料コーテイングのバインダーとしてでんぷんやポリビニルアルコールを用いて塗工した紙は耐水性が劣るので、尿素ホルムアルデヒド樹脂、メラミンホルムアルデヒド樹脂、グリオキザール等の耐水化剤を用い、でんぷんやポリビニルアルコールの水酸基と縮合反応させ、あるいは橋かけ反応させて耐水化をはかる技術が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、右の甲第一〇号証の一の記載と同号証の「紙加工便覧」という図書自体の性質とを総合して考察すれば、本願出願当時、尿素ホルムアルデヒド樹脂、メラミンホルムアルデヒド樹脂、グリオキザール等のアルデヒドが、顔料コーティングのバインダーとして用いられたでんぷんやポリビニルアルコールの耐水化剤となることは周知であつたことが認められる。

しかし、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第一〇号証の一によれば、同号証の技術は、顔料コーテイングのバインダーとしてでんぷんやポリビニルアルコールを用いて塗工した紙の耐水性をはかるものであることが認められるけれども、そこには、バインダーが可塑剤の浸透遮断の機能を有すること、耐水化した場合その機能には変化がないことを示す明示の記載もその旨の示唆も認められない。

また、請求の原因三(本件審決の理由の要点)4(三)記載の本件審決の認定判断中、末屋の括弧内の認定判断、即ち、縮合あるいは架橋反応性の耐水化剤を用いて耐水性を付与した熱感応性記録材料や感圧記録材料が本出願前普通に知られていることは、甲第一〇号証の二ないし甲第一〇号証の八によつても明らかであり、こうした記録材料の耐水化処理は周知慣用の技術であることは当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立について当事者間に争いがない甲第一〇号証の二ないし七によれば、それらの書証には感熱記録層の水溶性バインダーであるポリビニルアルコール等を耐水化剤を用いて耐水化したものが記載されていることが認められるとこう、それらはいずれも感熱記録層そのものの中に含まれる水溶性バインダーを耐水化するものであり、感熱記録層上の保護層を耐水化するものではないし、前記各証拠には、それらのバインダーが可塑剤の浸透遮断の機能を有すること、耐水化した場合その機能には変化がないことを示す明示の記載もその旨の示唆も認められない。

原本の存在及び成立について当事者間に争いがない甲第一〇号証の八によれば、同証拠には感圧記録紙の保護層であるポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質を耐水化剤を用いて耐水化することができることが記載されていることが認められるが、右証拠には、その保護層が可塑剤の浸透遮断の機能を有すること、耐水化した場合その機能には変化がないことを示す明示の記載もその旨の示唆も認められない。

5  右4に認定判断したところによれば、耐水化後も耐可塑剤性を失わないか否かを問題にしなければ、甲第六号証の一のような感熱記録紙の障壁層(保護層)中の水溶性高分子物質と縮合あるいは架橋反応のごとき反応をして高分子物質を耐水化させる耐水化剤を障壁中に含有させ、水溶性高分子物質の水溶性を止めて耐水性の障壁層とすること自体は、当業者にとつてきわめて容易に想到することができ、そのことにより障壁層の耐水化という作用効果が得られることも当然予測することができるものと認められる。

しかし、前記三1及び四1に判断したとおり、本願考案の目的は、耐可塑剤性を有し、耐水性のある障壁層を備えた感熱記録用剥離ラベルを提供することにあり、本願考案における障壁層は発色画像の消色防止と耐水性付与という効果を併せ持つものであつて、耐可塑剤性を有する層と耐水性のある層を重ね合わせるものではないから、耐可塑剤性を有する水溶性高分子物質の層に耐水性を付与することによつて、当然に耐可塑剤性を有しかつ耐水性のある障壁層が得られるものとは認められない。

請求の原因四2(三)中、甲第八号証に、「多くの親水性の水酸基(OH基)を持つたポバール(ポリビニルアルコール)は、・・・等の水酸基、・・・を持つ有機薬品とは強い親和性を持つが、・・・エーテル類、エステル類、ケトン類等の多くの有機薬品に対して強い耐性を持つている。」との記載があること、本願考案においては、水溶性高分子物質としてポリビニルアルコールを使用する場合には、耐水化剤との反応によりポリビニルアルコールが水溶性を示す源である分子中の水酸基(OH基)をエーテル結合などに変換することにより、ポリビニルアルコールを耐水化すなわち不水溶性化したものであることは、当事者間に争いがない。これらの事実によれば、そのような反応によつて、水溶性のものが耐水性にその性質を変化させられていることがうかがわれ、耐可塑剤性という性質が耐水化後も維持されているか否かは必ずしも自明であるとは認められない。

ところが、前記3、4のとおり、甲第九号証、甲第一〇号証の一ないし八には、水溶性の高分子物質が可塑剤の浸透遮断の機能を有すること、耐水化した場合その機能には変化がないことを示す明示の記載もその旨の示唆も認められない。

そうすると、本件審決のように甲第九号証と甲第一〇号証の一を併せても、更に甲第一〇号証の二ないし八を併せても、耐可塑剤柱を有し、耐水性のある障壁層を備えた感熱記録用剥離ラベルを提供するという目的に沿う、耐可塑剤性を有することにより発色画像の消色を防止し、かつ、耐水性を有するという効果を併せ持つ本願考案の障壁層をきわめて容易に想到することができるとは認められない。

この点において、本願考案の障壁層についての前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3(二)の(1)ないし(8)の点は目的、構成、作用効果のいずれの面からみても充分に予測性があり、当業者にとつて明白なこと、ないしはきわめて容易に考えられることというほかない旨の本件審決の判断は誤りである。

6  被告は、ポリビニルアルコールの水酸基を封鎖しても、有機溶剤の浸透遮断性という作用効果が維持されることは周知である旨、甲第八号証、甲第一〇号証の八、乙第二号証、乙第七号証の二、乙第八号証の二を挙げ、更に乙第五号証も援用して主張するのでこの点について検討する。

(一)  甲第八号証に、ポバール、すなわち本願考案に用いる水溶性高分子物質の代表例であるポリビニルアルコールは、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、エーテル類、エステル類、ケトン類等の多くの有機薬品に対して強い耐性をもつことが記載されていることは当事者間に争いがないことは、前記三7のとおりである。

原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第八号証によれば、同号証には、完全酸化ボバール(ポリビニルアルコール)の皮膜は低湿度においては、ガス透過は極めて少なく、すぐれたガス遮断性を持つが、高湿度になると吸湿によつてこの特性は著しく低下することが記載されていることが認められる。しかし、そのことからポリビニルアルコールを耐水化剤で耐水化しても、その皮膜の有機溶剤不透過性、遮断性に特段の悪影響を及ぼすものでないと推論することはできないし、ましてや悪影響を及ぽすものでないことが技術水準であつたということもできない。他に甲第八号証中に、高湿度下で有機溶剤やガス、特に可塑剤の透過を遮断するためには耐水化剤により耐水性の付与されたポリビニルアルコール誘導体皮膜が有効であること、とりわけ、そのように耐水性を付与しても可塑剤の透過を遮断する特性が維持されていることを示す記載は認められない。

(二)  前記甲第一〇号証の八によれば、周号証には、感圧記録紙について、記録層に対して支持体と反対側、即ち記録層の上面にポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質とそれに耐水性を与える耐水化剤とからなる保護層を設けることによう、耐湿性、耐光性、耐汚染性及び耐摩擦性等の作用効果が得られる旨記載されていることが認められるけれども、同号証には、耐溶剤性、耐可塑剤性の効果が得られることを示す記載も、耐汚染性が耐溶剤性、耐可塑剤性を示す記載も認められない。

甲第一〇号証の八にポリビニルアルコール等の水溶性高分子物質と耐水化剤とからなる皮膜が有機溶剤の遮断性を失わせるものではないことが示されているものとは認められない。

(三)  成立について当事者間に争いのない乙第二号証(特開昭五三-六一三四六号公報)によれば、同号証には、感熱記録紙の感熱発色層が支持体の裏面に塗布されるステイツクのりに含まれる有機溶剤により発色することを防止するために、支持体の裏面にあらかじめバツクコート層を設けた発明が記載されているが、その効果を対比するための比較例として、バツクコート層にポリビニルアルコールを使用したものと、ポリ酢酸ビニルを使用したものの測定値が記載されているところ、それによれば、ポリ酢酸ビニルのバツクコート層が、ポリビニルアルコールのものよりもステイツクのりの有機溶剤を遮断する機能に優れていることが示されていることが認められる。

しかし、ポリ酢酸ビニルは、本願考案のポリビニルアルコールを耐水化したものとは別の物質であるから、乙第二号証の記載から、さらに、仮に、ポリ酢酸ビニルのバツクコート層が、ポリビニルアルコールのものよりも有機溶剤遮断機能に優れていることが周知だとしても、耐水化された水溶性高分子物質が耐有機溶剤性、耐可塑剤性を維持し得るものであるとは必ずしもいえない。

(四)  成立について当事者間に争いのない乙第七号証の一ないし三(井本三郎著「酢酸ビニル樹脂」昭和四五年五月一五日日刊工業新聞社発行、一六四頁、一六五頁)、乙第八号証の一ないし三(黒太宣彦「高分子の架橋反応」高分子展望第8集(昭和二七年一一月二〇日発行)九三頁以下)によれば、乙第七号証の一ないし三の文献には、ポリビニルアルコールを代表的な耐水化剤として周知のホルムアルデヒドやダリオキザールとアセタール化反応させて得たポリビニルホルマール樹脂について、軟化点が高く、耐油性、電気絶縁性にすぐれており、耐水性、耐酸性、耐アルカリ性もよい旨、乙第八号証の一ないし三の文献には、高分子の架橋反応は、耐溶剤性、耐熱性、機械的性質の改良を行うため最も注目されている旨及びポリビニルアルコールとジクロルジオキサンでアセタール化反応をさせガラス上でフイルムとすると、水及び多くの有機溶剤に不溶性なフイルムとなる旨、それぞれ記載されていることが認められる。

それらの文献にいう、耐油性、耐溶剤性が、耐有機溶剤性ないうものとすれば、それらの文献には、ポリビニルアルコールをアルデヒド類と反応させて別の化合物であるアセタール化物としても、ポリビニルアルコールの有していた耐油性、耐有機溶剤性という性質は変化しないことを示しているかのようである。

しかし、前記の「多くの有機溶剤に不溶性な」という表現からも、前記各文献の記載全体からも、前記各文献において耐有機溶剤性、耐油性といつても、ごく一般的概括的に述べられているにすぎないことは明らかであり、他方、有機溶剤といつても性質の異なる無数の化合物や混合物が存在することはいうまでもないから、高分子物質が有機溶剤に対する耐性を有するか否かは、特定の高分子物質と特定の有機溶剤との関係についていえることであり、特定の有機溶剤に着目した場合には、ポリピニルアルコールがアセタール化することにより、耐有機溶剤性が変化することは十分考えられるところである。

現に、前記乙第七号証の一ないし三によれば、同文献には、前記認定のような概括的な記載の直後に、表10-1として、ポリビニルアルコールをホルマール化する際、ホルマール化の度合いが高くなるに従つて、水溶性であつたものが水に不溶性に変化し、他方では、ジオキサン、シクロヘキサン、フルフラールという有機溶剤に対しては、それらに不溶であつたものが可溶となることが記載されていることが認められ、このことは、それらの有機溶剤について見ると、ポリビニルアルコールをアセタール化すると耐有機溶剤性を喪失することを示すものである。

したがつて、乙第七号証の一ないし三、乙第八号証の一ないし三の各文献の記載から、ポリビニルアルコールの水酸基を封鎖しても有機溶剤の浸透遮断性という作用効果が必ずしも維持されるものであるとはいえず、容易に推考できるものであるということはできない。

(五)  また、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない乙第五号証(実願昭五一-一五八三九八号実用新案登録願書並びに添附の明細書及び図面のマイクロフイルム写し)によれば、同号証には、紙の表面に圧、熱又は光の影響を受けて発色する発色層を設け、該発色層の表面は耐水性旦つ耐溶剤性の樹脂で被覆されている耐水性且つ耐溶剤性発色紙の考案が記載されていること、右考案の発色紙は物流ラベル、プライスカード用の帳票用紙として活用できること、耐水性且つ耐溶剤性の樹脂としては、塩化ビニル樹脂、ポリエステル、アセテート、ポリプロピレン等を使用することができること、右のような構成により印字文字が水分又は溶剤等により消失されることがない効果を奏することが記載されていることが認められる。

しかし、右記載の塩化ビニル樹脂、ポリエステル、アセテート、ポリプロピレン等は、本願考案の水溶性高分子と耐水化剤とから成るものとは種類の異なるものであり、同号証には、本願考案の水溶性高分子物質と耐水化剤からなる障壁層あるいは、ポリビニルアルコールの耐水化によつて、耐可塑剤性が変化するか否かについての示唆があるとは認められない。しかも、本願考案において記録画像の消失の原因とされている塩化ビニルあるいはポリプロピレンを被覆層として使用することができるとされていることからすれば、本願考案の目的の一つである耐可塑剤性は問題とされていないものと認められる。

したがつて、乙第五号証の記載から、水溶性高分子物質を耐水化しても、可塑化剤の浸透遮断性という作用効果が維持されることがきわめて容易に推考できるとは認められない。

また、乙第五号証記載の考案のように、水不溶性の樹脂よりなる被覆層に有機溶剤や水の浸透を遮断する機能があり、それを用いて、画像の消色防止の作用効果を待ることがたとえ周知であつても、そのこと根拠に、ポリビニルアルコールに代表される水溶性高分子物質を耐水化した障壁層が、耐水化前に有していた可塑化剤の浸透を遮断する機能を失わず、したがつて、記録画像の退色、消色防止という効果が示唆されるものではない。

その地、ポリビニルアルコールに代表される水溶性高分子物質を耐水化した障壁層が、耐水化前に有していた可塑化剤の浸透を遮断する機能を失わず、記録画像の退色、消色防止という効果を奏することを、きわめて容易に予測できることを認めるに足りる証拠はない。

7  被告は、本願考案において、耐水化剤により水溶性高分子物質を耐水化するということは、水溶性高分子物質を障壁層成分として用いる際の単なる付加的要素であつて、その実体は混合と同視し得るものであり、そこに不可分一体の関係が生じているものとみることは到底できないから、本願考案の技術構成に関し、その障壁層についての構成要件を水溶性高分子物質と耐水化剤の二つに分離した上で甲第六号証の一ないし四と対比し、その間の一致点と相違点を確定し、相違点については甲第九号証、甲第一〇号証の一ないし八により認定判断した本件審決の手法に誤りはない旨主張する。

本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、「水溶性高分子物質と・・・耐水化剤とからなる障壁層」というように、組成物の二成分を併記した表現になつている。

しかし、実用新案登録請求の範囲には、その耐水化剤は「高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしある」ものである上、本願考案の実用新案登録請求の範囲に「水溶性高分子物質と該高分子物質自体と縮合あるいは架橋反応の如き反応をして前記水溶性高分子物質を耐水化せしめる耐水化剤とからなる障壁層」と規定されている要件の意味するところは、「水溶性高分子物質が耐水化された耐水性の層」であることは前記1のとおりであるから、水溶性高分子物質と耐水化剤が混合物的に、相互に化学的に無関係に併存しているものとは明白に相違している。そして、水溶往高分子物質を耐水化させた場合でも、水溶性高分子物質が本来有していた耐可塑剤性が維持されるか否かは予測できないものであることは、右1ないし6に認定判断したとおりである。

したがつて、水溶性高分子物質を耐水化するということが、水溶性高分子物質を障壁層成分として用いる際の単なる付加的要素であるとか、その実体は混合と同視し得るものであり、そこに不可分一体の関係が生じているものとみることはできない旨の被告の主張、本願考案の障壁層についての構成要件を水溶性高分子物質と耐水化剤の二つに分離して、耐水化によつて耐可塑剤性が何ら影響を受けないことを当然の前提とするような被告の主張はいずれも採用できない。

五  よつて、原告主張の認定判断の誤り第1点は理由がないが、認定判断の誤り第2点は理由があるので、本件請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

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